厄除けの薬草「オケラ」

 大学時代,八王子から電車とバスを乗り継いで相模原市にある石老山へしばしば植物採集に出かけていました。石老山での収穫で最も印象深いのは“オケラ”です。地中に生息する螻蛄ではなく,キク科植物の一種でアザミを地味にしたような花を付ける「朮」です。万葉集には“うけら”という名で登場するなど,私たちの生活にも古来身近なものであったようです。薬用植物としても代表的な物で,なおかつドクダミのようにありふれた物ではなく,薬科大生の私にはとても嬉しい収穫だったのです。

 オケラの根茎は「白朮」という生薬になり,近縁のホソバオケラの根茎は「蒼朮」という生薬になりなります。総じて「朮」と呼ばれ,胃腸を丈夫にし,水分代謝を改善しますが,白朮はより胃腸を補うことに優れ,高麗人参などとともに胃腸虚弱に多用されます。一方蒼朮は水分代謝の改善に優れ,いわゆる水毒を消散させるのに役立ちます。ともに芳香が特徴的ですが,蒼朮の香りは強く,刻んで放っておくと,その切断面はまるでカビが生えているかのように精油成分の白い結晶で覆い尽くされます。

 ヨモギやショウブなど芳香に特徴のある植物は,しばしば厄除けの効用があるとされ,オケラもその一つとなっています。

 祇園祭などで有名な京都の八坂神社では,元日に「白朮祭(をけらさい)」という神事を行い,一年の安泰を祈ります。片木にオケラを混ぜて焚いた火は「をけら火」と呼ばれ,独特の香りを放ちます。参拝者は「をけら火」を吉兆縄にもらい受けて持ち帰り,無病息災を願って神棚の蝋燭に火をつけたり,雑煮を炊く火種とするそうです。この参拝は「をけら詣り」と呼ばれます。

 元日の朝にはお屠蘇を飲まれた方もおられたことでしょう。お屠蘇は日本酒に味醂などを混ぜ,屠蘇散と呼ばれる薬草の処方を漬け込んだものです。やはり邪気を祓い長寿を祈念する習慣です。屠蘇散の処方には種々ありますが,欠かすことができないのが朮です。そのほか山椒やニッキ,丁子,桔梗などが入ります。

 胃腸虚弱で冷えやすい方の処方に白朮を入れるとき,あらかじめ白朮を焙烙などであぶることがあります。あぶる際に立ちこめる芳香はついでに薬局の厄除け・邪気祓いにもなっているようです。

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