口の中の漢方薬

 6月4日から10日までの1週間は,日本歯科医師会の推奨する「歯と口の健康週間」です。日本歯科医師会のホームページによれば,活動の目的は『歯と口の健康に関する正しい知識を国民に対して普及啓発するとともに,歯科疾患の予防に関する適切な習慣の定着を図り,併せてその早期発見及び早期治療を徹底することにより歯の寿命を延ばし,国民の健康の保持増進に寄与すること』とあります。

 口腔内の問題が,心身の状態に大きく影響することは,いろいろな報道もなされていますし,私がおこなっている漢方相談でも実感することがあります。虫歯の問題や詰物のアレルギー,入れ歯の不適合,かみ合わせといった歯の問題だけでなく,歯周病や口内炎,口の渇き,味覚異常といった様々なことが,直接的,あるいは間接的に全身に影響しうるのです。

 また逆に,心身の状態が口腔内に影響することもあります。約20年前,私が東京の漢方薬局に勤めていたとき,埼玉県にある大学の歯学部で歯周病治療を専門にされている先生方と一緒に漢方の勉強会をおこなっていた時期があります。歯茎の衰えや唾液の多少,感染症に関わる免疫の問題などは,歯周病に大きく関与します。これらの口腔内の問題は,じつは全身の体力・潤い・免疫力などと相応します。漢方薬で全身状態を改善すると,歯周病ケアにも相当に役立つとのことでした。

 その歯学部のリーダーであったM教授が大変に気に入っていた処方に『甘露飲(かんろいん)』という漢方薬があります。粘膜を潤し,こもる熱を冷まして炎症を抑える働きがあり,歯茎の腫れや口舌のただれ,口臭などを目標に歯周病や口内炎に応用されます。

 口内炎では甘露飲の他に黄連解毒湯(おうれんげどくとう),葛根黄連黄芩湯(かっこんおうれんおうごんとう),半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)などが使われます。甘露飲は名前の通り甘みの強い処方ですが,後の3つは非常に苦い黄連(おうれん)という生薬の味が特徴的です。

 歯痛には立効散(りっこうさん)が有名です。消炎作用があって苦味の強いリンドウやピリピリと辛味刺激のある生薬が含まれます。

 ところで舌は漢方では体調を把握する重要な情報源の一つです。歯科治療においては舌の存在が邪魔になるそうですが,漢方を勉強して以来,舌を見る目が変わったと,M教授がおっしゃっていたことも大変印象的でした。

画像の説明
写真:早春の野に咲く黄連の花(セリバオウレン)