古き良き道具たち

 世の中、技術の進歩によってどんどんと生活が便利になり、少し前では考えられなかったような状況に変化しています。漢方という古い伝統を持つ文化の中でも,今や機械化の恩恵なくしてやっていくのは難しいものです。

 漢方で用いられてきた伝統的な道具はたくさんあるのですが,有名な物に薬草を保管する百味箪笥(ひゃくみだんす)や,薬草をすりつぶす薬研(やげん)などがあります。ときに時代劇でそれらを使用しているシーンが映し出されることがあります。また宮崎駿監督の作品で,八百万の神が集まる湯屋を舞台にした「千と千尋の神隠し」では釜爺(かまじい)という名の6本の手を操るお爺さんが登場し,薬草を棚から取り出してはそれをすり潰して薬湯の薬種を調合しています。この棚がまさに百味箪笥であり,すり潰すのに使っている道具が薬研です。

 百味箪笥は桐で作られており,一つの引き出しの大きさは幅10cm程度の物から20cmを超えるような物まで様々です。また全体の大きさも,昔、往診に行く医者が背負っていく小型の物もあれば,釜爺が使っているような壁全面を覆う物もあります。薬草の中には虫がつくものがあるため,できるだけ密封できる引き出しが必要です。新品の箪笥は本当にピッタリと閉じるためその役割を成すのですが,日に何度も開閉するために長年使用しているうちに木が削られてどうしても隙間ができてきます。そうすると虫害発生の原因になります。また油分を含む薬草は,その成分が箪笥に染み出して汚れてきます。そのため最近ではプラスチック製の百味箪笥が増えてきています。摩耗が少なく,洗うこともできますから実用的ですが,少々味気ない感じがするのは否めません。

 また薬研で薬草をすり潰すというのも,今はほとんど行いません。根や樹皮を乾燥させた生薬は大抵とても固く,それを粉に挽いていくというのは大変な作業です。しかも粉薬に関する規定があり,その規定に合致するまで篩(ふるい)を通しながら製粉していく必要があります。どうしても電気粉砕機に頼らざるを得ません。

 漢方に限ったことではありませんが,電気のない時代に考案された昔の道具を見ると、先人達の知恵・技術・情熱の高さに驚嘆します。道具の作られてきた筋道に思いを巡らせば,物事の本質に触れることができるような気さえします。決して今の便利さを捨てられるわけではないのですが。