柳暗花明

 春の山野に花や緑が満ちた美しい景色を表現する言葉の一つに「柳暗花明(りゅうあんかめい)」があります。「柳暗」は柳の葉が茂り、その陰がほの暗くなる様子で、「花明」は花々が色彩鮮やかに咲きほこることです。夏目漱石の『虞美人草』には「拝啓 柳暗花明の好時節と相成り候ところ、いよいよご壮健、賀し奉り候」と使われています。

 日本ではさらに意味が広がり、華やかな花柳界を指すこともあるようですが、この言葉を生んだ中国では、苦境にある人を励ます言葉として有名だそうです。その由来になったのが次の一文です。

 「山重水復疑無路、柳暗花明又一村」(山が重なり、川が入り組んでいて、もう道がない。それでもどうにか前へ進んでいると、急に道が開け、柳が茂り、花が明るく咲きほこる村が現れた)。これは南宋の詩人、陸游(りくゆう1125年~1210年)の漢詩で『山西の村に遊ぶ』の一節です。

 この部分はしばしば桃源郷を彷彿させると評されます。また同義の言葉として「桃紅柳緑(とうこうりゅうりょく)」があります。とすると美しい春の景色を表す言葉として、緑の代表は柳であり、花の代表は桃と言えそうです。

 少々話は逸れますが、桃は身近な果樹であるばかりでなく、呪術的な力を有するとされます。鬼邪を祓うとして、果実や種子、木材などが特別に用いられてきました。様々な伝説にも登場し、昔話『桃太郎』も鬼退治のお話です。桃の種は果実の中央にある硬い殻に覆われています。その殻を割ってみると、中からアーモンド様の種が現れます。漢方では桃の種を“桃仁(とうにん)”と呼び、血行改善の要薬です。

 話を戻しますが、「柳暗花明」は苦境にある人を励ます言葉だと私に教えてくれたのは、遠方に住む闘病中の友人でした。難病と闘う彼を励ますべく手紙を出したところ、とある書中に見つけた「柳暗花明」の言葉を胸に頑張っているという主旨の返事が届き、逆に励まされた気がしました。

 時節柄、新年度の不安に駆られている方も少なくないことでしょう。明るい未来を信じて前進していただきたいとの願いを込めつつ、「柳暗花明」をはなむけの言葉にしたいと思います。