虫類生薬

 ある日の朝,野菜庫を開けたときに一つの椎茸が目に入りました。裏返しになっていて,白いヒダの部分が真っ黒くなっています。とっさにずいぶん傷んでいるなあと思ったのですが,やけに黒いのでよく見てみると,なんととぐろを巻いたムカデが椎茸の傘の中に納まっていたのです。ゾッとしたのですが,珍しい光景なのですぐ家族を呼び,早朝から一騒ぎになりました。

 ムカデは有毒で噛まれると激しい痛みを生じることは有名です。見た目にも気色が悪く,害虫として扱われることが一般的ですが,強いイメージから戦国時代の甲冑のデザインに取り入れられたり,商売上「客足が多い」と縁起物扱いされることもあったようです。また最近ではペットとして飼っている人もいるということですから驚きです。

 中国ではムカデを生薬として用います。ふるえやしびれを治すための処方に加えられます。生薬市場へ行きますと,まっすぐに伸ばして乾燥したムカデが,まるで筆記具のように束にして売られています。サソリとともに使用されることが多いのも特徴です。ムカデやサソリのほかにも,ヒル,カイコ,シナゴキブリ,セミの抜け殻,アブ,カマキリの卵,ミミズなどは,中国では日常的に用いられる生薬となり,これらをまとめて虫類生薬と呼びます。

 虫類生薬は人間と同様に動物の仲間であり,親和性があって効果が出やすいという認識があります。ただしサソリやムカデのような有毒の物は,長期使用を避ける,妊婦には使わないなどの注意が必要とされています。

 日本でも医薬品として認められている漢方処方に含まれる虫類生薬がいくつか知られています。皮膚炎で使う消風散(しょうふうさん)にはセミの抜け殻,滋養強壮の至宝三鞭丸(しほうさんべんがん)にはカマキリの卵,脳梗塞の後遺症などに用いる補陽還五湯(ほようかんごとう)にはミミズといった具合です。ミミズは単独で解熱薬としても使われます。

 これら虫類生薬は植物性の生薬に比べてタンパク質を多く含んでいます。そのタンパク質がときにアレルギー症状の原因になることもありますので,その点には注意が必要です。

 ある古典にムカデの効能として「蛇や魚の毒に当たった者を治す」と書かれています。果たしてムカデの毒には有効なのか,気になるところです。

画像の説明
野菜庫に現れたムカデ
画像の説明
調合されるセミの抜け殻(中国で)
画像の説明
調合されるヒル(中国で)